「我が子を食らうサトゥルヌス」とふしぎの海のナディア

最近アマプラでナディアが見れるようになってたのでロマン溢れるSFっすね

所々で宇宙戦艦ヤマトとかサンダーバードとかナウシカのパロディのようなつまりエヴァ。 とはいってもスタッフそれぞれのアイデア持ち寄りなんでしょう。

それでも特徴が偏ってる監督なんだなと分かってきます。演出もその根本、原理的な部分は変わってないのではないかと。

今なら理解できる部分があった。

本題、

ガーゴイルと、その傀儡となったネオアトランティス皇帝が居ます。

その皇帝の部屋には「我が子を食らうサトゥルヌス」の絵が飾られていた。(フランシスコ・デ・ゴヤの作) ガーゴイルと皇帝がノーチラスを沈めた後の会話シーン、そのワンカットにそれなりにしっかりと映されてるので何かしらの意図はあるのだろうと。

絵に関するwikiから、

将来、自分の子に殺されるという予言に恐れを抱き5人の子を次々に呑み込んでいったという伝承をモチーフにしており

サトゥルヌスに関するwikiから、

神智学では、サートゥルヌスをサタンと同一視している。

日本語ではSaturn [sǽtərn] は「悪魔」の意味のサタン (Satan [séitn])と混同されることがあるが、綴りも発音も語源も異なる別語である。

以上の事と、 我が子を食らうサトゥルヌスはルーベンスも書いていたようだが、使われたのはゴヤの物。 ゴヤの方が不気味さを感じます。

その程度の所から、、、 ナディアのストーリーにどう解釈すればハマるのか? 皇帝の間なので皇帝由来の物だと捉えても良いが、 ストーリーから考えると、皇帝は自我の無い傀儡と言って過言でなく故に部屋を作ったのはガーゴイルであってその趣味が反映されていると捉えても良い。 または、演出意図に沿って作られている物だともいえる。 どう取るかによっても象徴が持つ意味合いが異なってくるのでなかなかね。

無理やり親子関係を当てはめるなら、 サトゥルヌスがネモ船長を象徴していて、ネモが我が子であるネオとナディアを食った(殺した)事を表しているのか? ネモ船長がタルテソス王国が破壊される引き金を引き、ネオはそこで死んでいたはずなので関係性としては一致しそうだ。 それだけのことかもしれないし、それ以外の解釈があるのか?

サトゥルヌスがガーゴイルなら、 ガーゴイルは悪魔みたいな位置にいる人物だけど、自分がサタンだとは思っていないハズで、神だと思ってるかもしれない。 サトゥルヌスは神だから間違いではないか、でも狂人として描かれたものは選ばないと思う。そして自戒をするような人物でもない。 そうそう皮肉が好きそうだね。傀儡とした皇帝の間にサトゥルヌスの絵を飾る。 ガーゴイルの性格なら、ライバルへの皮肉として飾っていると読み解くこともできるだろうか。 ありそうだな。

人物の象徴ではなく、事象の象徴であるとしたら? わからん

でも実際にはね大した意味はなかったりするんだよ。

こっちも、たまたまゴヤの絵とナディアの場面を同時期に見たからなんか考えようとしただけであって何か考えようというのもバカな話だぜー。

ネオ皇帝の塩沢兼人ぶりがなかなか渋いんですよね。

ギリギリ神話での名前はサトゥルヌス ローマ神話での名前はクロノス? 職業は農耕の神 魔法の金属アダマスで出来た鎌を使って収穫しているっぽい。

ゴヤの晩年、生活していた家の壁に描かれた壁画だった。 (ゴヤも聾を患ったが、その家が聾者の家と呼ばれるのは前に住んでいた住人が聾者だったから?) その後、家が取り壊されるか何かの折に壁からキャンバスに移され美術館に保存されるようになったと。