テラバトル、さよならばいばい、ありがとさん

テラバトル』について。

2010年代のスマホ用ゲームアプリ*1

所感

初めてハマったスマホのゲームでした。 当時はブレフロとかパズドラとモンストとかも触りました、その後もポコポコとかTwoDotとかFGOなどなど色々触っていくわけですけど。その中でも僕が格別ハマったゲームアプリがテラバトルでした。

FFを作ったヒゲの人、そういう名前のキャラクターとしてもゲーム内に登場していた。 プロデューサーが自分で描いた絵を入れてくるという暴れっぷり。でも開発者の自我がおまけ要素で出てくるゲームって割とあるよね、そういう事だと思ってる。

音楽はFFの植松伸夫、琴線に触れてくるからヤバイ、音楽の影響はヤバイ。

三つ子の魂百までという説がありまして、幼少よりFFを遊んで育った人間の琴線に触れるというのは十分にあったと思います。(思う)
遊んでみると何となくJRPGっぽいなという感覚になってくる。

日本で流行った他のスマホゲームとか

『ブレフロ』
JRPGっぽい感覚と言えば、ブレフロにもそういう所があったかもしれない、RPGでよくあるコマンドバトルをよくもまぁ遊べる形にしてたものと思うけど、キャラを育ててステージをクリアしていくっていうのはRPGでやってた構造かな。 スマホより前の携帯ゲームからの延長上に出てきてる感じ。周囲でもみんなやってたようだし目標にしてる会社もあったし影響力は大きかった。 その当時のスマホの性能と開発体制とかいろいろで、うまく作ったんだと思う。

パズドラ』『モンスト』
スマホでなければ遊べない形式のゲームだった。液晶タブレット上を指でなぞって操作する部分。 他のゲームはゲームパッドで操作可能な物が殆どで、タッチ操作に最適化されてるけどパッドやマウス&キーボードにも置き換え可能。 でもこのパズドラとモンストは、 モンストはまだコントローラーに出来ますね。でもタッチして出せる操作感覚というのが確かにあるというのが分かるその感覚はパッドに置き換えたら消えてしまう。

テラバトルの位置
単純な見方をすれば『パズドラ』の亜種とは言えるかもしれない*2。何かというと指でなぞって盤面を入れ替えていくという操作部分が似てるからだけど。 パズドラのコピーも手を変え品を変え皮を変えそこそこ出回っていたのだ。*3 でも、テラバトルは違った。はさみ将棋モチーフだったのだ。 ハサミ将棋に、パズドラが完成度を高めたスマホ的な操作性と、キャラ育成と、SFでファンタジーなFFっぽい世界観の演出。*4

FFなんじゃね?

遊んでるとなんとなく開発者についても想像してしまうわけですよ、それでどうしてもFFのイメージが出てきてしまって、もうこれはこれでFFの新作という見方もできるんじゃないかなと思えるようになってしまいました。不本意ながら。 なにがっていうと 物語の骨格、演出、ゲームの難易度調整と、ボス戦。 暗くて渋い絵作り、FF6の崩壊後とかのニュアンスあるかなーと感じたりしてしまうんですよ(開発者の名前を意識するだけで)。不本意ですが。

最初のマップは崩壊していく世界で、その崩壊を防ぐために神を目指して旅をしてるんですが、そういう始まりが如何にもな感じでした。 そうして塔へ来た、大地にそびえたつ塔を上るかと思えば、下る、地下に!(ここでDPSの読者投稿小説のあの塔を思い出すんだよね。あの塔だよ!)

そして、地下へ地下へと進んでいたら何故か「宇宙」に飛び出していた。ここでFF3の浮遊大陸を突破した感じみがありそうでした。 えっ、これより外があったのか!?っていうあの感動体験、いまだに記憶にリフレインするんだからそうとうなもんでしょう。(ゲームじゃなくて勉強しておけばよかったのにw)

そして味わいのあるボス戦(いや勿論ゲームでボス戦なんて珍しくもなんともない当たり前なぐらい普通だけど) 他のゲームだって工夫して遊ばせてきているのでそこ抑えて敢えてテラバトルが一番という事は無いですが。 個性豊かで良かったです。

ゲームとして面白かったです

盤上に表現される世界、上手く操作すれば仲間は連携するし、敵ボスはジャンプして画面外に消えもするし、スキルによりマップ兵器的な攻撃が存在して、全体魔法とかそういうやつやんな、JRPGでやってきた戦闘がこの盤上に大体全部置き換えられてるという風に見てもいいかもしれないですね。 確かに。 (敵を倒して金を稼ぐ・・・)

本当にこれを最初に触ってた時は、なんとなくだけど、 昔遊んでいたコマンドバトルって、キャラクタの位置が動かないじゃないですか、ファリスもセッツァーもクラウドも定位置なので そこに奥行きが加わって いや、それを言ったらスクエアマップ型のSLGがあるじゃないかってなもんですけど、 (時代劇のチャンバラシーンだったかもしれない) なんか妙なリアリティが感じられた。 パズドラのようにパズルを揃えるのではなく、モンストのようにキャラクタ―を動かしているような没入感を作れるかどうか・・・とか?

直接オブジェクトを触って操作する液晶タブレット特有の感覚と、ゲーム性・ゲームシステムが密着している物になっている所が特徴。
(液タブ上でのスワイプ操作とゲームシステムの関係性が高いか低いか。) *5
例えば、メインのゲーム以外の部分で、キャラを掴んで移動させたりするUIがあるけど、それはそれでゲームなんだけど、ゲームを作ってると言うものではないだろう。
上手い例だと『TwoDot』など完成度高いのはいろいろあるよね。

この時に抱いた感覚というのを、どう表現すれば適切なのか分からないのでこんな所にしておこう。

あと、
ストーリーの語り口が良かった、主人公という物が存在するでもなくプレーヤーは誰に感情移入するでもなく、 僕は最初に取得した バル というキャラクターにわずかに感情移入してたけど。主人公ぽさを感じたりもしたんだけど、 しかし、シナリオテキストでは「冒険者達」の出来事として語られていくので、プレーヤー自身はその中の一人ぐらいの感覚を抱かせられれば成功なんだと思う。
そういう形にして感情移入させられれば、、、というか、

、、、
まずゲームの構造として、ガチャを引かせてキャラクターを所有させる。キャラクターを育成する。そういう仕組みがある。

その仕組みの枠の中で、 特定のキャラクターを主人公各にするか、プレーヤー自身を主人公格としてストーリーを展開するゲームが主流なんだけど(FGOとか)
テラバトルは違った、
シナリオテキストがゲームの構造に対して「自覚的」だったのが、他と一線を画して芸術性を高めてしまっていた。
、、、

ゲームマスターは、プレイヤーが沢山いるキャラクターにどういう距離感を持たせるかをコントロールした。 どんだけ手持ちのキャラクターが増えても不自然では無い、どこでどのキャラクターが戦っていたとしても不自然では無い、 プレイヤーが特定のキャラクターをひいきしていても不自然では無い、プレイヤーが冒険者になってもいいし、ならなくてもいい。

RPGを機能させる構造が作られて行ってる気はする。そこらへんから他のスマホゲーの目指している所と一線を画してる事になるのかもしれない。

-- その他 --

そして、サービスが続くとともに遊び要素が追加されていった。

アクティブギミック、、、

スキル「すり抜け」、このスキルはヤバイ、ゲーム性を変えすぎじゃないか???
スキル「ホップ」、うーんまぁすり抜けよりは普通じゃないか???、ただゴリ押しが出来過ぎるとボス戦も淡白になって諸刃の剣だろうけど、
うーん運営型という長期戦になるゲームとしては色々追加していかねばならぬので仕方ない。
其れでガチャ運のいい初心者とか金でビンタするユーザーとかが一気に追いつけるようになるとか、

やはり開始時期によってもゲーム性変わるというのが難点か。序盤から一気にクリアできてたら余韻も何もないだろうなぁとか考えてる。分かんないけど。

ダウンロードスターター企画もあった、280万DLまでで終了したみたいだが、

それで開発スタッフも縁のある方々が関わっていた。FFのドット絵作ってた人まで来るとは思わなんだ。

売れてた?

但し、目立って売れる作品でもなかった、FGOパズドラ、モンスト、ツムツム、グラブルらには全く及ばないらしい。後半はランキングに入ってないよね多分?
何故だ?
同僚女子にやらせたら操作できないって言われたので、そういうのもあるかもしれないつまりブレフロやFGOのコマンドバトルが・・・
認めがたし、

まぁ見た目暗いし、見た目が暗いのってバカ受けしないよね実際売れてるゲームを見ると大体見た目は明るいじゃん?、そういうのもあると思う。
SF的デザインは大ヒットしない!
(当たり前だが、明るくすれば売れるという事ではない)

それで、
テラバトル』なんで大ヒットしてないのか?

ここへきて思い至ったのは「芸術性」が高すぎるという事、盤上に世界を表現したとしてそれを読み取れる人がどれだけ居るだろうか?

統一されたデザイン性、ゲームの雰囲気に沿ったコラボ企画、大御所スタッフの参加、諸々、(ストーリー分かりにくいと思う。雰囲気重視で説明読み取れるようになってるけど、「わざわざ読み取りに行く人」はかなり少ないと思う。再構築って意味不明ってなると思う(なった)。)

読み取ると書いたけど、厳密には違くて、テーマが届く人と届かない人がいる。
例えば「映画」、それを見る人の文化的背景によって、映画の解釈は変わる。だからジブリ作品が世界で受けていたとしても、日本の田舎を知らない人には伝わらない事がある。フランス人がフランス人に向けて作る映画があるとして、その文化的背景を知らない人が見たとすれば、その人は自分の持つ文化的背景を拠り所として解釈するしかないので、製作者の意図はほぼ伝わらない。(実際には人類に普遍的なメッセージは伝わる可能性もある) そして日本人が日本人に向けて作ったとしても、一部の人にしか伝わらない物だ。

ゲームも同じだ、表現に対して プレイヤー自信がポジティブな解釈を獲得出来なければ 継続して遊ぶことはできないだろう。。。
(パチンコみたいなゲームは、射幸心を煽ってくるそういうのは表現というか、人を動物に戻してる感じがして、芸術的な物作りではあっても芸術性は獲得できないだろうという気がする。いや考えすぎだな、これは芸術の捉え方を間違っているな。)

このように先鋭的で分かりにくい作品だったのだ、、、、、、。好きなやつは好き。

それでも五年は続いた。良かった。

ターゲット層が狭い。。。

先入観のまだ薄い子供とかはいいんだけど・・・。

我が子にも遊ばせたいテラバトルでした。

ありがとうテラバトル。また会えることを祈ってる、せめて完全資料集とかなんかそういう所は出してくれ!!!

*1:実はPC版も出ていました。自明な事ですがマウスでの操作よりは指で操作した方が楽でした。タブレットPCならいいのだろう。

*2:パズドラのPと組んでパズドラっぽい限定ステージが出てきたのだが面白かった。週一回しか遊べない出し方でもどかしいのだ。

*3:ゾンビ退治のあれとかあれとか。

*4:世界観というかなんというか・・・

*5:携帯できる特徴というのは、全部平等な条件だから無視して良い。