インターネット上に溢れる出来事について

まぁ残しておかないと忘れるから書き出しておくのだ。*1

インターネットのSNSを見ていて思う所。

たまに見かけるのが、 自分と同じ意見に集まって瞬間的に熱狂する。昔はイナゴという俗称が付けられてた。

それは「賛同して持ち上げる場合」も、「反対して突き落とす場合」も表裏一体で同じ行為なのだ。

目の前の出来事に反射的に飛びつく的な事で、それは人間の本能みたいなものだから無くせないんだろう。 *2, *3

独立した個人の集まりによって行われるようになってきた。

でも、この寄ってたかって持ち上げたり突き落としたりする事っていうのは、昔はマスコミュニケーションで行われていたんだよね。*4
新聞だとそう言うトーンは控えめだったよね、ゴシップ誌は別としてさ。

いやもちろんSNSの無かった昔でもコミュニティの中では日常的にあったんだろうけど、ただ、マスコミュニケーションを否定する人々が、否定している行為を何気なくやりつつその自覚を持っていない、と言うことがあるのではないだろうか?などと考えてしまったのだ。
もしそうだとすると、それは未熟に見える。
或いは、僕には見えないもっと別な切り口の観点があるのかもしれない。

そう、僕は昔からTVのワイドショーやニュースの一方的に見える語り口が嫌いで見るたびに嫌いで*5、嫌いなまま見てたんですけど。

やっぱり時代を経て今になっても、同じような現象を見て嫌だなぁと思うらしいと。*6

まぁなんか変な事を考えてるのかもしれないけど、僕はそういう人の事、考えや感覚が気になってて色々聞いてみたいのだ。


*1:はてなブログが永劫残るわけではないのだが

*2:それはポピュリズムとして利用されるんだけど、まぁ、はい、それは別な話

*3:飛びつきやすい人とそうでない人がいる。程度問題だとも言えますがその二者の温度差はかなりありそうですよね。

*4:特に昼のワイドショーでは。夜のニュースでもあったけど

*5:そりゃ正論はというのは現実とはかけ離れてるものですからね

*6:一貫した思想信条というよりも、己に宿っている思考パターンは変わらないのだ。変わらないならどうするか?活かせる場所、活かす方法を見つけるのだ。