ルワンダ中央銀行総裁日記:その外側のこと、増補に対するものとか

ルワンダ中央銀行総裁日記 (中公新書)

ルワンダ中央銀行総裁日記 (中公新書)

面白い本でした。
オススメ。
現実に異世界転生して無双するとこうなるという。
無双するためには当然専門知識と能力と経験が求められると。
なので異世界転生でチートさせるなら30代40代で積み重ねのある人でなければダメだと思います。
幼女になったサラリーマンはまだ若い気がします。
エル君もただのロボットオタクだし。
いやどちらも作品の方向性にマッチさせた設定なので文句は全くないんですが!

すみません、そんな軽い事はどうでもいいんです。

本の終盤に増補として載せられたお話を読み思うところあって記述。(本の主題についてではないので、それはまた別途なんとかしたい。)

ルワンダ動乱は正しく伝えられているか」と題されている。
<増補1として1994年に発表>
内容は、
世界的に報道されている内容、主にアメリカのメディア「ニューヨーク・タイムズ」「ワシントン・ポスト」が発している情報が公正では無いと言う事。それに対する筆者の視点である。
筆者はルワンダで6年の長期間、現地の人々と密に接して、実りある仕事を達成しているのである、そしてこの本を読む限り誠実な人格が伝わってくるので、目先ばかり考えて仕事をする外国人の意見よりは信頼に値する意見だと思う。
そして、日本の報道については、ルワンダについては遠く離れた場所の事だから外国の情報に頼るのは仕方がない、しかし、事実の分析についてまで「ニューヨーク・タイムズ」などが発する情報を鵜呑みが多く、自主的で冷静かつ客観的な判断がかけていると思う。と意見を述べている。

これが1994年の日本国内の動態だが、しかし、2017年の今でも同じ様相ではないかと私は感じる。
思想や概念や事実の認識についてアメリカはじめとする白人社会から輸入されるものが多いと思うのだがどうだろう。
もちろん、それ自体が悪いと言うことはない。実際にはそんな事もないかもしれない。
ただ、自分たちが自主的に考えて取り込んでいるのだろうかと私は疑問に思っている。
それがなぜかと言うと、そうして輸入されたものは定着していないと思ったからだ。または正しく理解されて定着していない。
解釈されてまたは曲解されて国内に広まっていくように思う。そうなってしまった物は本来の認識から外れ、当然ながら実態とマッチしないから現場を混沌とさせるだけではないか。
ポリティカルコネクトレスしかり、DevOpsしかり、民主主義しかり、サイレント・マジョリティしかり。
ある事柄は流行りに乗って通過し、またある事柄はある実態について都合よく解釈し広めるための道具として使われる。
聞きかじった程度の事柄をよく考えずに、目新しいからカッコイイからと掲げて短文を繰り返す。
一見して分かり易い気がする。本当は理解していない。
あ、処理流暢性に流されていると言いたいのかもしれない。

特に去年今年とまた聞き覚えのないカタカナを耳にした事で色々と思ってしまったんですね。
 変だなって思うのは
そのカタカナとして輸入された概念は、そもそも日本の中にも元々あるのに、なぜ自分たちで発見し自分たちの言葉にできないのだろうかという事なんだけど、、、。
こんな説明で分かってもらえるのでしょうか。

これも面白い、仏教の言葉を翻訳して広まった言葉もある。

成城山耕雲寺 仏教から生まれた日常の言葉 差別(さべつ)

こういうことは往々にして起こるのだから、上で書いたことも往々にして起こることなので捨て置けば良いだろうという考えをするのだとしたら、また別の問題を孕む。その考えは、今を生きている人間があるがままという体にして見ないふりする事ではないだろうか。
そうならないように不断の努力がされて積み重ねられてきた物が大きな成果を生んでいるのだから。

以下略。