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選挙権は16歳からでもいいのでは?(編集中)

(編集中、文章としてまとめられない、思い出したら直していく。考えは悪くないと思うので公開設定。)

今、「マイケル・ムーア世界侵略のススメ」っていう映画を見てた。

ドキュメンタリーっぽい作品だ。 ドキュメンタリーって好きなんだ。自分の知らない所にいる知らない人の価値観を垣間見れるから。それが共感できるものであればいいけど、共感できないものも、考える機会を与えてくれるような気はする。 これは、いろんな国の多様な価値観を知る事ができて面白い作品なんだ。
マイケル・ムーアは万人受けしてるわけでもなくて、偏りはある。 作品は面白いと思うけど、その作品との距離感には悩む。
それは、村上春樹との距離感に悩むバーナード嬢と似てる。 彼女は他人からどう見られるかということに気を配って悩んでいたが、つまりそういう事だ。
概ね好きだけど、相手に引かれたら嫌だなって。
ムーアの目的は世界を侵略してその土地の良いもの奪い自国のUSAに持ち帰る事。 侵略したらアメリカ国旗を立てる。いかにもパロディっぽい。

 そもそもそんな事はどうでもよろしい。

この中でさらっと紹介されて次に流れてたんだけど ブラジルでは「16歳から選挙権」が与えられるらしい。
選挙権 - Wikipedia
僕は、年齢の引き下げについて否定的だったんだけど。映画を見ている時に ふっ と逆の考えに至りました。
16歳からできるようにしても、良いんじゃないかなって。
なぜか、 まずは民主主義が、現在においてベストではないかもしれないけど、他よりマシな制度なんだと言われていて、なるほどと思う。
それを実現するにあたって現実的な方法として選挙とかをしている。
人は教育によって社会も個人の人生も充実させられる。 学ぶ機会があればこそ可能。

さて、16歳からの選挙ができない、または、反対する理由って何だろうね?

選挙について考える事、社会は人の団結によって維持されるし。 そう言うことは大事なことだから早めに教育に取り組んでいかなきゃいけないんじゃないの? と言うことです。

そして選挙である 民主主義、選挙、国民に教養と団結がなければきっとうまくいかない。 未来、理想の社会を作っていく、子供は成長する、物事を知らないまま大人になるのは勿体無い。 子供の時から社会の作り方というか、生き方というか、 よりよく生きていくために、より良い社会を作って維持する方法を考えなくちゃいけない。

それを身につけなければ実現できない、身につけるにはその機会が必要。 だからこそ、16歳からの選挙権であろうと。 教育はフィンランドのパートを見よう。

この映画理想を語っていて、実際理想通りじゃないけど、アメリカの現実と対比してみると、各国の人が理想を語ってるところ大事だなって思う。万人が共感できる理想があるなら、団結できる気がする。
団結って言うけど実際はゆるゆるな感じですよ。同僚とたまにランチに行く程度の感覚。

映画「アヴェンジャーズ」でもトゥギャザー(団結しよう)って言ってて、自由と民主主義の心なんだなって思ったけど。

賞味期限切れの牛乳が青みがかってた話

牛乳を飲んだ所、味がかわってて、案の定なんですが賞味期限が切れていた。 もったいない。

そして、それだけならまぁ珍しくない話。 流石に、いや、きっと飲めるだろうけど、流石に甘味が出てくるっておかしくない?

なので流しに捨てました。 流れ出てきた牛乳を見るとやや青みがかってて初めて見た牛乳の色にギョッとしつつも面白くなりました。 スターウォーズの青ミルク…、いやそういう問題じゃないんだけど、はい。

光の加減で青っぽく見えただけなら、いいけど、カビだったら怖い…。

細菌やウィルスのことを思う事がある。 漫画のもやしもんを読んでから、あとは農業における土中の菌の状態とかの話を小耳に挟んだりした事とか、洗い流す事で感染率、死亡率が減った話とか聞いたから。 常在菌のこと、机の上にも菌がいて、キーボードにも菌がいて、 日常的に菌との付き合い方を学んで利用していく時代に突入するのではないだろうか。 菌のことを意識しないレイヤーで物事を見るのと、 菌のことを意識したレイヤーで物事を見るのとでは、異なる価値観が生まれてくるに違いない。

全く想像できないけど。 菌を使った個人認証とか、文字の代わりになるようなコミュニケーションとか、 牛乳の超長期保存とか

海外ドラマ:パーソン・オブ・インタレストを三幕構成に仕分けてみた。

「パーソン・オブ・インタレスト」 サスペンス、監視社会、「マシン」というテクノロジーガンアクション 見所は多いんですけど、ちょっと三幕構成思い出したのでその復習をして見る。

そもそも三幕構成は映画シナリオの研究からきているものであって、時間も重要で 120分の映画の尺であれば三幕八場構成として見たりできていいんですけど。 しかし45分程のドラマにはマッチしない所もあるらしい、まずは三幕に分けて見る。

今回のストーリーの軸になっている事件は、 麻薬と殺人事件その真犯人、に狙われる女性検事。 目的は女性検事を守ること。

<以下ネタバレです>

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ドラマ「猫侍」

最近見たのでメモ

第1話

第1話

「猫侍」というドラマを少し拝見しました。
猫を堪能できる、ちょっとヘンテコな時代劇。
侍の斑目久太郎は、口数が少なく顔が怖いことで周囲に威圧感を与えてしまうことがある、
しかし、ドラマではその内心がモノローグとして語られててその時のギャップが面白い。

猫の玉之丞は、特に何をするわけでもなく、猫としてただそこに在るのみ。
斑目はある事件に関わって、猫と暮らすことになってしまったが、
そのことで右往左往していく。
大家に猫を飼ってるのがばれたら追い出されるから隠さないといけないとか
事件の事がばれてはいけないとか
斑目の葛藤がドラマになってて、斑目さんのキャラクターが面白いからいいと思う。

その隣には猫がいるんだけど、玉之丞は人の事などお構いなしに気ままに生きている。
そういう猫っぽい描写と距離感に期待。

大家さん:家賃を取り立てに来る。子年生まれの猫アレルギー
お隣さん:「どなつぼう」というおやつを販売している娘さん
呉服問屋の番頭さん:斑目に依頼をしてきた。

キーインシデント:呉服問屋の化け猫退治

PS.全く何の関係もないんですが、猫侍というタイトルを聞いて思い出したのはこれ。 興味深いです、もし物語三昧の日常に浸れるならこのソフトも加えたい。

猫侍

猫侍

Android関連で多分よくある感じのエラー

よくよく忘れて、同じ事を何回もググるので、

Exception in thread "main" java.lang.RuntimeException: javax.net.ssl.SSLHandshakeException: Remote host closed connection during handshake

いかにもSSL関連のエラーメッセージが出てきたので いつも通り右往左往していたんですが、 翌日再度実行したら通りました。 ソースも設定も変更してないので、 ただ単にネットワークかマシンのトラブルだったのでしょうか・・・。

A problem occurred evaluating project ':libcocos2dx'.

java.lang.UnsupportedClassVersionError: com/android/build/gradle/LibraryPlugin : Unsupported major.minor version 52.0

JDKを1.8にしたら解決した。

絶対悪って?

はてなブログって面白いです。
油断してみると暇つぶしになってしまいます。

 敵は海賊の冒頭を読んで見た所 、
「善悪は相対的な物であり、一種の価値基準だ。」

"みんなが無意識に感じている唯一のタブーを犯している。そのタブーが絶対悪ならば"
と置いて、一人の海賊を真の悪人と表現していた。

 そこで、絶対悪って何だろうって思ったんですよ。
善悪が相対的な物である事に異論は無いから。
なのに、善悪と言う概念が相対的な物である事を否定する、"絶対悪"と言う概念。 通常の善悪を越えた悪

多分、その概念を使う事で、その他の現象を的確・簡潔に表現するために使われる概念なのだろうかと。 そう言えってしまえば、虚数と言う概念と同質のものなのかもしれない。(虚数は、ある数学的概念を説明するために生まれた概念であった。) (と、そう、今個人的に解釈した。)

 そうであれば絶対悪とは現実には存在しない物であるという事になる。 だが、もしそれが、絶対悪が現実に存在したとしたら、それはどのような物になるだろうか・・・。 現実的な絶対悪など全く想像できない。

うーん
例えば、全ての人間が悪と判断する行いが絶対悪なのか?
仮にそのような物が具体的に存在し得るのか?
うーん
世界に人間が十人しかいなかったとして、
十人とも世界を破壊するのは悪だと考えれば、世界を破壊する事は絶対悪になるのか?
人の考え方は移ろう、これを「瞬間的な絶対悪」としよう。
真の絶対悪は永遠に悪とされる事。
うーん
うーん、わからん。そんな事ではないと思う。

これまで人や動物が行ってきた行為の全て、
その中に、どれほど残酷で陰惨なことであったとしても、
それに絶対悪と言う概念が当てはまる物があるとは思えないんだよね。

只人間の中にのみ善と悪が存在している。

行いは行いでしかない、それが善か悪かは人が判断すると思う。

ある行いが善とされ、ある行いは悪とされる。
それを行う人間にとってはそれが善である。

行いに善悪があるのではない、関係の中で発生するのが善悪なのだと。
故に絶対悪は存在しない。

ある行いを良しとすれば、それに反する行いは悪しとなるだろう。
善と悪はほぼ同時に存在したのでしょうか。

絶対悪とは何か・・・。

週末のイゼッタ#09 ネタバレ

このパターンあんまり自分の好みではないというか、 自分としてはちょっと残念だったという感じの事。

終末のイゼッタは、大まかにいえば、 第二次世界大戦をモチーフにした世界情勢のなかで 劣勢で孤立していて敗北寸前の小国が、 「魔女」という世界で特別な存在を迎え入れて生存への希望を得て戦って行くというお話だと思います。

世界で最後の一人の魔女という、特別な大きな力を持っているが、しかし完全ではない。 そんな唯一無二の力がどんな風に振舞われるのか。 それが周囲とどう作用して、世界がどう変わっていくのか。 自分はそんな所にカタルシス、面白みを感じていると思います。

魔女の力は完全無欠ではないから彼我の戦力差は埋まらないんだけど、 知恵と勇気を使って埋めていく。

 そして、物語には転機が訪れる。 目的の達成や、新たな目的の設定によって、当初方向づけられたストーリーの流れが変わる、 視聴者の予想や期待を裏切って、それを上回ろうとする。

 その方法が自分の好みではなかったので一人で勝手に落胆とまではいわないけどちょっと残念だった。 新たに別な魔女が敵として立ちはだかってきました。 新しい魔女のゾフィーさんが登場したことによって、 魔女が唯一無二の特別な存在ではなくなりました。

そして、当然ながら魔女と魔女が戦うという事になります。

この展開でお話が狭くなった気がしました。

ゾフィーの私怨がフォーカスされて、個人の戦いという色味になってきたと感じている。

魔女のゾフィーさんというのは、裏切られ虐げられたという過去を持っていて、 それとイゼッタに対するアンチテーゼなのである。 (関係ないけど:クローン元となった個体の記憶を持っているというのは、この作品のリアリティとしては易々とは納得できないかな。そうはいっても悪いとも思わないけど。最後まで見るし。)

 何が不満なのかというと、 唯一無二の魔女と知恵と勇気で成立した状況が、周囲をどう巻き込んで、世界がどう変遷していくのか期待感があった。 帝国の側も魔女とどう戦うのかを考えなければならないわけだし。

これは同質の力のぶつかり合いであり、魔女対決は避けられないじゃん。 キャラクターに依存するというか、、、力のインフレというか、

 これと似たような構造で思いつくのは「ガンダム00」です。 太陽炉といった特別な技術でもって圧倒的に優位な立場から世界をコントロールしようとした組織があって、 その圧倒的な武力を提示して世界に理想を宣言したデビュー戦から、 次第に追い詰められていく状況になる。という流れ。 そして、追い詰められる決定的な要因が、拡散した同系統の技術である疑似太陽炉によるものだった。 その時に今と同じ落胆を味わった。

 この辺、自分がどうして残念に思うのか、 そのストーリーの展開方法に工夫が感じられないというのはある。 (ただ、これが的確な理由なのかはまだわからない。)

 自分が何を期待していたのか。 ガンダム00の登場人物たちは、そういう太陽炉がない所で戦おうとしていたわけで、 自分たちで解答を掴んでほしかったという気はする。 横から流れてきた技術っていうのはなんか、神の采配って感じですよデウスエクスマキナ感があります。 踊らされている感を受けました。 疑似太陽炉がどこからともなくポンと出てきて、 それはフィクションだから全然あって当然の事なのは問題ではない。

ストーリーの展開の都合に合わせて都合のいい設定と展開がされていくのは問題ない、問題はその中身だ。 それは、語りたいテーマが私の期待とは違っただけなので、 単純に自分の好みじゃなかっただけなんですけども。

ガンダム00でいえば、自分たちが持てる力でガンダムと戦うためにどうするか、これが前半展開されていたのでそこは楽しかった。その延長で突破した物が見たかった。 またソレスタルビーイングの理想もどう実現されるのか、実現した後どうなるのかという風に見たかった。 結局、同質の力が双方に与えられて、よくあるガチンコの戦争になってしまった。 自分にとってはその作品のとんがってると思ってた部分が丸くなった。 (自分で自分の、この考えに お客さんはわがままだなとおもった。)

敢えて例えて言ってみれば、太陽炉を持たないままガンダムを打ち倒す。 それか、ガンダムの活動の影響で別な問題が表れてくるかとか ソレスタルビーイングという遺物を抱えたままの世界の行く末が見たかった。

 それと似たような事をイゼッタという作品に期待していた。 イゼッタを帝国が打ち倒すとかそういう事ではなく。 魔女という異物を抱えた世界の行く末のような事を。

PS 終末のイゼッタでは、 それまでに弱点を見つけたぞという将官の話とか、 魔女に因縁のある飛行機乗りとか、 そういうエピソードが、当然ながら繋がってはいるんだけど、なんかしっくりこなかった。